眠りの森の獣

2020年3月18日

 重ねたシュラフの上に彼の身体をそっと降ろし、私は土と木屑を被った砂色の外套を脱いで床に落とした。
立ったままその身体をじっと見下ろす。同じ場所にいた頃から背格好はさして変わっていないのに、纏う空気ががらりと変貌した彼の身体を。
四年振りにポートマフィアの本部で再会したとき、思わず「うわっ、最悪」と口をついて出ていた。十八の頃の中也の記憶から、まあ年相応の少し童顔な美青年になっているのだろうと、きっと中身はあの頃と変わらずにキャンキャン犬らしく元気に私の名前を叫ぶのだろうと、そんな風に想像していたのが、良い意味と悪い意味の両方で裏切られたのだ。
どういうつもりで髪なんて伸ばし出したのか、決して火に灼けない白い首筋に赤い髪先を垂らし、いつも丸々と見開かれていた瞳を意地悪く細めて私を呼んだ。あの声、だざい、と少し掠れて低く落とした声、好んで吸っていた旧い銘柄の煙草の影響だろうか、だからやめろと言ったのに。
明け透けに言えば、私が想像していたよりも、めちゃくちゃいやらしく成長してしまっていたのだ。頭にきて本気で腹に打撃を入れてしまった。すぐにその十倍の本気で殴り返されてしまったわけだが。そういうところは予想通りだった。

蛞蝓なめくじのくせに…変に色気づいたりしちゃって」

 いっこうに起きる気配のない彼の身体を跨いで覆い被さり、土埃で煤けたジャケットを脱がし、ジレの釦に手を掛ける。
昔はもっと、だぼっとした服を好んで着ていたのだけどな。いったい誰の影響なのか、あらぬ妄想にかられてまたふつふつと怒りが湧いてくる。白いシャツの襟ぐりに鼻先を寄せると、ふわりと記憶にないサンダルウッドの香りがして、思わず舌打ちするやその首筋に噛み付いていた。僅かに彼が身じろぎして、上唇を彼のチョーカーが掠めた。
鎖骨に舌を這わせると、ふ、う、と寝息が乱れたが、彼は目を覚まさない。シャツの釦を外したら、四年振りに暴いた肌から中也の汗の匂いが立ち込めて、ぐぅ、と喉が鳴った。芳醇な血肉を前にした獣の気分だ。性欲を溜め込んでいるつもりはなかったのだが、今すぐ噛り付いて舐め回ししゃぶり尽くしたい、と、そう思わせる身体だった。
小さな乳首が外気に晒されてつんと尖っている。外の風が入ってくるし裸じゃちょっと寒いかもねぇ、と話しかけながら、下のベルトを外しズボンも脱がせた。

「君のやかましいツッコミがまるで入らないというのも寂しいものだね……って、あの頃も毎回思っていたなぁ。思い出したよ」

 下着に手を掛けてその隙間から指を潜り込ませる。深い眠りの中にいる中也のペニスはくたりと萎れていて、後孔を探ってみると、そこもぴったりと固く閉じていた。
私は小さなコンパクトを取り出し、その中の軟膏を指で掬い取る。彼の後孔の皺を広げるようにして少しずつ塗り込めていくと、つぷり、つぷり、と私の指先を受け入れ始める。やがて先ずは中指がにゅるりと絡め取られてしまうと、内部の妖しくうごめく感触に、息が詰まるほどの興奮を覚えた。自らの下肢が熱く疼くのを誤魔化すように、指を増やして彼の中を掻き混ぜながら、ほんのり充血した乳首に吸い付き、歯を立てた。ループタイはどこかで放り投げてしまった。襟足から、包帯の下をつぅと汗が垂れていくのが分かった。

「中也…中也、目を開けて。ほら、君の中に挿入はいってしまうよ」

 私の性器はがちがちに勃起していて、彼の身体の裂け目に亀頭を潜り込ませただけで、じわりと先が湿る。苦しげに寄せられた眉根を観賞しながら腰を押し進め、ずっぽりと咥え込まれてしまうと、腰から下が溶けそうなくらいに感じた。
思わず、うぅ、と情けない呻き声が漏れた。するとその声に反応したように、中也の目蓋がゆっくりと開いてゆく。
そこにあるのは、淡い淡いブルーの瞳。何の感情も灯らない硝子玉のような眼差し。

「ああ…逢いたかったよ、私の中也」

 久しぶりだね、気持ちいいかい、と囁きながら腰を振り、中也の身体を揺する。
眠りと覚醒の狭間でたゆたう中也は、は、あう、と赤子のようなため息を吐きながら、私の顔をぼんやりと見上げていた。
彼は、眠りの中で私に犯されるとき、必ずこうして静かな瞳で私を見つめる。それは仏のようにアルカイックで、意図の汲めぬ空っぽな眼差しだった。
私は驚喜した。この中也は傷付いた身体と共に『中原中也』として再構築されようとしているまっさらな意識なのではないかと思ったからだ。『羊』の連中への負い目や、大人たちから教育されて間に受けた『いき』だの何だののポリシー、数えきれぬほどいる部下一人一人への執着、それらの余計な添加物が削ぎ落とされた中也、それこそ私が本来彼を組織に引き入れたときに手に入れられたはずのものだった。
この空っぽの中也に余さず私を注ぎ込めば、頭髪から足の爪に至るまで、全て私のものになるのではないか。それが、私がこの行為を繰り返した理由だった。

「はあっ…いい子だね、中也…私をそんなに締め付けて…随分と、おいしそうに食べるじゃないか」

 細く括れた腰を掴んで、濡れた粘膜を擦ってやると、中也はびくびくと肩を震わせ、もっと奥へ欲しいと私の形にぴったり寄り添って締め付けてくる。
べろりと臍から肋骨あばらへ舌を這わせ、さっき膨らませた乳首を口に含んでねぶってやると、あっ、と高い声で鳴いた。
頭が熱い。馬鹿になりそうだ。気が付いたら彼の脚を自らの肩に載せて、隙間無く欲望をぶつけていた。ぐちゅ、ぐちゅ、ぱん、ぱん、と濡れた肉の交わる音が響き、鼓膜からも興奮を煽られる。
やがてせり上がる絶頂の気配に、私は中也の身体を起こして自分の上に座らせ、ゆらゆらと揺れるその背中を搔き抱いた。

「ああ、凄い…もう出ちゃうよ、中也、中にいっぱい出してあげるね…」

 中也の肩に噛み付いて、彼の匂いを吸い込みながら、ぱんぱんに膨らませたペニスで射精した。気持ち良い。背骨がばらばらに砕けそうな快感で、止まらない。
中也の中に、私の精液が注がれている。穴から溢れてしまうのが悔しく、柔らかくなったペニスで内壁に塗りたくるが、そんなことをしていたら直ぐにまた固くなってきて、自身の質量で精液を追い出してしまう。

「もう一回したいなァ…でも、もうそろそろ退散しないと、怖い人たちに見つかってしまうね」

 今日のところは仕方ない。中也をまた床に寝かせ、その顔の上に跨り、張り詰めた自身の陰茎を手で扱く。
相も変わらず透明な瞳でこちらを見上げる彼の唇に、粘ついたその先端を触れさせ、そのまま口の中を抉じ開けて、咥内で出した。ちょっと歯が当たって痛かったが、顎を掴んで頬の裏側に擦り付けると、かぱりと口が開いて、いつも憎まれ口ばかり叩くその唇の裏側で、柔らかな刺激を与えてくれた。
最後の一滴まで彼の身体の中に放ち、とろんとした目で、口の端から白濁した涎を垂らしている中也を見下ろしていると、胸がぎゅうと苦しくなった。

「何だろう、この感じ……あっ、写真撮っとこうっと」

 携帯で中也のあられもない姿態を撮影し、何度か撮り直して納得のいく絵面が得られたときには、先程の胸の痛みはどこかへいなくなっていた。
自分の着衣を整え、中也の服も雑に着せ付けてから、なんとなく気が向いて、最初に集めてきた彼の外套やら手袋やらを綺麗に畳んで傍らに置いてやり、帽子はどうにも火を点けたり土に埋めたりしたくなったものの、それもやはり上に重ねて置いてやった。
遠くから、なかなか戻らない彼を捜しに来たのだろうヘリの轟音が近付いて来た。頃合いだ。

「もう少しお休み、中也。今度会うときは、私の前で眠らないことだ」

 私を真っ直ぐに見つめる瞳に手をかざし、二つの目蓋を下ろしてやって、私のせいで汚れた唇に軽く触れるだけのキスをした。
そうして私は薄暮へ帰る。当然のように中也を置いて。