時にはヴァージンのように

2020年3月18日

 どうしてこんなことになったのだったか。
先に入るか? というお伺いを辞退したので、中也が先にシャワーを浴びている。
先に? 先にってなんだ。私は今夜ここに泊まっていくのだろうか。訳も分からず連れて来られたので、この先の展開がさっぱり読めていなかった。
バーを出てから、中也は幹部用の迎えの車を追い返し、少し歩こうぜと言って私の隣に並んだ。この間のQ奪還作戦のときには最低二メートルは離れろだのと言っていたくせに、真夜中の街灯の下を連れ立って歩いていると、「本当に小さいね」「あぁ!?」今がいつで、自分たちの属している組織がどこなのか、ふと忘れてしまいそうになった。
他人の、まして私の色恋沙汰になんて全く興味がないはずなのに、中也は女性たちのランチタイムの話題のように手を叩きながら笑って私の話を聞いた。
それで? 仕事は何をしていた女なんだ? 箱入りのお嬢さんじゃねぇか可哀想に、どこで出会ったんだ? よくそんな歯の浮く台詞が言えたもんだな、喜ぶ女も女だ、おいおい初めてだったのかよ親御さんに慰謝料は払わなくていいのか? 最中には手前をなんて呼ぶんだよ、なんだよいいじゃねぇか減るもんじゃなし……
そんな風に、正直言って私自身も面白い話ではないと思う話を、オーバーなくらいに反応してそれでそれでと引き出してくるものだから、本当に根掘り葉掘り聞き出されているなぁと気付いてはいたのだが、そのまま私の元彼女(のうちの一人)の話だけでバーの閉店時間まで居座ってしまった。
国木田君も敦君もこの手の話題は不得手だし、下衆な会話が少し新鮮だったのかもしれない。まして相手が中也だ。いつも一言目には死ね、二言目には殺す、三言目には俺と戦えだった脳筋が相手に話を合わせて情報を引き出すなんて、流石に幹部様ともなると少しは成長したということだろうか。
太宰治を振った女の情報、なんて入手したところで使える場面は無いと思うし、いくら話しても私には痛くも痒くも無いので、それを話せという条件を付け、実際に聞き出しにかかる中也の真意は測りかねたが、私にとって全く気を遣わなくて済む相手がこうして夜が明けるまで退屈凌ぎに付き合ってくれるというのなら、我ながら良い命令をしたものだと――そんなことを考えていた間に腕を引かれて連れ込まれていたのだった。ラブの付くホテルの一室に。

「まさかとは思うけど……」

 まさかそういう意味で『慰めてやる』つもりなのだろうか。いや、いやいやいやそんな馬鹿な。いくら何でも大嫌いな私相手に中也がそこまで差し出す理由が無い。
そこまでしろと命令したわけでもないし、悪ふざけにしても度を過ぎている。そもそも中原中也という男は、酒の席での猥談に興じることこそあれど、どちらかと言えば人肌に触れたり触れられたりすることを嫌っていた男ではなかったか。
そうだ、何を焦っているんだ私は。なまじ自分が興味本位で男を抱いた経験があるからこんな可能性を考えてしまうのであって、中也が悪ノリやジョークの延長で男を誘ったりするはずがないじゃないか。
ぴぎゃー! と甲高い鳴き声がホテルの壁に掛けられている液晶テレビから聞こえてきた。中也がバスルームに消える前に勝手につけていったハリウッド映画だ。
開始数分でコールドスリープから目覚めた肉食恐竜が平和な街に解き放たれ、恐怖に逃げ惑う住民たちの悲鳴と恐竜の鳴き声ばかりが延々と続くどうしようもない内容である。冒頭では十数人いた登場人物が今見たら二人になっていた。全員喰われたのだろう。それにしても、随分長いシャワーだ。

「すみません……お待たせしてしまいました」
「ああ、やっと出てきた。小さいから浴槽で溺れちゃったのかと思った…よ…?」

 今、すみませんと言ったか? 中也が私に?

「酷い。そんな意地悪を仰らないでください…太宰様」
「太宰様!? ちょっと何? さては浴室でまた飲み直してたんじゃないだろうね……ちゅう、や」

 そこにいたのは、確かに中也だった。
丈の短いバスローブを羽織り、あらわになった太腿を隠すようにきゅっと裾を掴んで、部屋のドアを開けた所で心細げに立っていた。
時間がかかっていた割には髪も乾かしておらず、垂れた前髪の先からはぽたぽたと雫が落ちていた。それは頬や首筋に貼り付いた髪からも肌の上を伝い、鎖骨の谷間、その下の見えないところを濡らしながら流れていく。

「貧相な身体だと仰りたいのでしょう? 分かっています…あなたのお相手の女性たちと比べたら、わたしの身体なんてお子様に見えるのでしょうね」
「いや、お子様も何も、君は男だし……」

 男の身体としては寧ろめちゃめちゃ筋肉が出来上がってる方だと思うけど、女性と比べたらそりゃおっぱいがないのは当然で…と、そこまで考えて、はたと彼がバーで言っていた言葉を思い出した。

 そうしたら、全部その通りにしてやるよ。

「そういうこと? あのねぇ中也、君にしては面白い悪戯だけど、それはどう考えても無理が――」

 ベッドの端に腰掛けていた私の前に彼が立った。その肩越しに、B級映画のエンドロールが無音で流れている。結局あの残された二人はどうなったのだろうか? 見逃した結末に気を取られた隙に、しゅるりと衣摺れの音が聞こえ、バスローブの腰紐が床に落とされた。

「お願い…今夜だけでも、わたしだけを見て…」

 前面の視界いっぱいに結び目を失くして開かれた彼の裸体が飛び込んできた。普段は黒に覆われて滅多に露出することのない真っ白な肌、そこに色づく胸の尖りと、自分のものとは違う赫色の下生え、その奥にひそむ陰茎の生々しい肉の色。
言葉を失った。嘘だろ。ここまでするか。
昔、任務で下手を打って負傷した彼の服を脱がせ応急処置を施したときですら、こんなところまで見たことはない。あのときは上を脱がせるのも、まさしく手負いの獣のように嫌がって暴れていた。それなのに、今は全てが自分の目前に曝け出されている。
細い腰に手を回し、ベッドに座ったままでその身体を引き寄せた。万に一つ、バーで会った時点で何らかの異能に掛かっていたという可能性を考えたが、それはないようだ。できればそうであってほしかった。それならば、正気に返った中也が「てめぇ太宰!」と殴りかかってきてそれでオチがつく。今後揶揄うネタとして写真の一枚や二枚撮らせてもらって、それで終わりだ。
だけどまだ、中也が始めた舞台の幕は降りない。私の身体を跨いで膝立ちになった彼の瞳には、触れられた手の続きを期待する女の感情が乗っていた。実に役に入り込んだ演技じゃないか。
なぜか、ひどく不愉快な気持ちになっていた。
突然の中也の奇行に少なからず動揺している自分も、こんなやり方で私を驚かせようと考えた中也のらしくなさも、まったくもって気に入らない。

「ひょっとして、こないだ内股歩きのお嬢様口調させた仕返しのつもりなの? よりにもよってこの分野で私をおちょくろうなんて、いい度胸してるよ」

 目の前にはこの状況の発端となった黒革のチョーカーがそれだけ律儀に残されていた。金具に指を掛けて外そうとすると、私の両肩に置かれていた彼の手がぴくりと震えた。何かを言おうとした唇が、開いて、また閉じてを繰り返す。

「どうしたの中也。緊張してる? そっちから仕掛けてきたくせに」

 無防備になった首筋にキスを落とすと、ひ、と息をのんで身体を固くし、ぶるぶると震えた。どうだ気持ち悪いだろう。負けの見えた勝負を挑んでくるからだ。
私の前で服を脱いで女の真似事なんてしたことを心底後悔させて、この先十年はそのネタでいじめてやろう。まだ自分がマフィアにいたなら『今週の負け惜しみ中也』袋綴じ付き増刊号が出ていたであろう特ダネである。
背中に手を回し、ベッドの上にその身体を横たえる。触れてみるとはっきりと分かる男の身体。引き締まった背筋も、二の腕も、柔らかいとこなんてありゃしない。それなのに、いつも凶暴に振るわれる拳も脚もすっかり大人しくなってたおやかにシーツの上に沈んでいる有様は、妙な色香を放っていた。
髪を撫でながら指先で唇をつつき、ねぇ降参しなよ、と忠告したが、彼は何も言わずに目を閉じた。その表情からは、我慢している様子も読み取れない。鳥肌を堪えている私の方がやや押されている状況だった。
なんて強情な奴。こうなると私もノーダメージというわけにもいかないか。わざと聞こえるように溜息を吐いて、初めは触れるだけのキスをした。
唇はとても冷たかった。やっぱり緊張しているんじゃないか。そう思うのと同時に、跳ね返った自分の吐息の熱さに困惑する。
きゅっと結ばれていた唇の端を舌先でつついて、手紙の封を開けるように薄皮を舐め取りながら口を開かせる。真っ赤な舌がちろりと覗いて、おずおずと躊躇いながら私の舌を迎え入れた。

 これは、まずいんじゃないか?

 頭の中で警鐘が鳴ったが、中也が退かないから止めることができない。互いの唾液が交じり合い、濡れた音を立て始めてもなお、もうやめろ、いいかげんにしろという言葉を貰えない。それどころか苦しげに私のシャツを掴みながら、だざい、さ…となおもお寒い演技を続けようとするので、酸素も与えてやらなかった。脳が痺れて、二人の視界に二人しか入らなくなっていく。
ああ、最悪……勃っちゃった。
全裸の相手に隠すこともない。中也の太腿に膨らんだそこを擦り付けて自分の熱を教えてやると、彼は驚きに目を見開いて、んっ、んう、とくぐもった声を上げた。ああやっとか、これでやっと降参してくれる気になっただろ、いま口を開けて喋らせてやれば、彼はもうやめろ俺が悪かったと言うだろう、そしたら本当に終わりだ、私がいまこのキスをやめてやったら、それで。

「んっ…はっ、も、やめ」

 苦しげに背けようとした顔を両手で掴んで引き戻し、それ以上声を出せぬよう彼の唇にしゃぶり付いた。中也の口は、私の口より小さいんだなあなんて、意外な事実に気づいたりする。とがった犬歯をなぞり舌の裏側をねぶってやると、声も出せぬまま悲鳴を上げて、びくんびくんと身体を大きく震わせた。

「……っふ、中也、もしかして、キスだけでイッちゃったの?」

 彼の腹をまさぐると、粘ついた精液でべっとり濡れている。当然私の着ている服もだ。まったくどうしてくれよう。汚れた服で歩くのは慣れているが、これは中也のせいなのだから彼にクリーニング代を請求しよう。

「君には今まで色んな嫌がらせをしてきたけれど、イかせてやったのは初めてだねぇ」

 呼吸を荒くして上気した彼の頰を、彼の精液で汚れたままの手のひらで撫でた。惚けていた目が羞恥に滲んで、私の視線と重なる。

「あ、の……」
「…うん。ごめんなさいは?」
「…初めてだから、優しくしてほしい…」
「…へぇ、そう。まだそれ続けるんだ」

 あのさ、意味分かって言ってるの?
この後に及んで負けを認めない中也を表の顔ではあざ笑いながら、その実、追いつめられているのは自分の方だと感じていた。どうやらまだこの行為を続けても良いと分かって、内心、楽しいと、思ってしまっている。
どこまでなら、からかってもいいの?
どこまでなら、あれは腐れ縁の延長戦上のことだったと、後で笑い話にしてくれる?
もっと君で遊びたい、でも君と私の関係が何か今までとは違うものに変わってしまったら、それはとてもさみしいことのように思えた。

「ねぇ、優しくって、どうしてほしいの? もっとキスをしてほしい? それとも……」

 膝頭をまるく撫でて、その手をゆっくりと太腿に這わせる。さっきの放埓でじっとり湿った茂みを掻き分けながら、引き締まった尻の割れ目に指を潜らせた。
中也は男だ。女性のように濡れたりはしないし、最初から此処を使って気持ち良くなることは難しいだろう。それなら、今夜はたっぷり時間をかけて解してやって、後ろで快感を拾える身体にしてやろうか。
うん、いい考えだ。どこを触ってんだやめろ馬鹿死ねとかたぶんそんな感じの怒号を聞きながら、性に疎い彼に未知の快楽を教えてやって、その様を散々言葉でからかってやって、それで終わり。この変な意地の張り合いの引き際としても妥当だろう。
さあそうと決まれば盛大にビビってもらおうかな、とむくむく湧いてくる悪戯心に任せて、立てた中指を躊躇なく中也の中に差し込んだ。

「…あ……れ……?」

 中也は、怒りも痛がりもしなかった。
そこは、すでに柔らかくほぐれて、この指を待ちわびていた。入口に少し触れただけで、奥からとろりとした液体が溢れ出て、私の手首まで伝う。

「中也、準備…してたの…?」

 やけに長かったシャワーは、うるさい映画をつけっ放しにして行ったのは、このためだったのか。中也は浴室で自分で後孔を広げて、ご丁寧に中にローションまで仕込んで出てきたのだ。そんなことをする理由は一つしかない。私とセックスするためだ。
人に触れられるのが嫌いで、性に疎いだって?
それは私の思い違いだったようだ。
四年振りに再会したとき、君は全然変わらないね、と私は言ったけれど、四年、たった四年会わなかった間に、私の犬は殴る蹴る以外の、酒を飲む以外の、音楽を聴く以外の、つまらない遊びを覚えてしまったらしい。
そして、よりにもよって彼にとって無二の相棒であるはずの私にまで簡単に足を開く駄犬と成り果てた。
成程ね、こっちが嫌がらせの本命か。だとすれば大成功だよ。今、最高に気分が悪くなった。
自分の中に黒い泥水が広がって、心が冷えていくのを感じていた。それに反して、頭はぐつぐつと煮えている。
どこまでならいいのかなんて、気遣っていた自分が滑稽だ。中也にとってこの行為は、酒の席での思いつきで、相手なんか誰でも構わない、ついでにすっきりできれば最高だと、その程度の理由で出来てしまうことなのだ。私が、夜に眠れずにするのと同じように。

「君のことが本当に…大嫌いだって、思い出したよ…」

 ループタイをほどいて、サイドボードに置く。アレキサンドライトのペンダントトップがきらりと光るのを何か言いたげな瞳が追っていた。シャツを脱ぎ捨てて体重をかけると、私の身体に手を伸ばし、包帯の繋ぎ目を指でかりかりと引っ掻いた。

「あ、うっ……」

 中指も、薬指も、中也の身体の中に飲み込まれていく。彼の膝が跳ねて、私の腰にぶつかった。

「さあお嬢さん、もっと声を出しなよ。初めて私とした夜のようにさ」

 下手な演技に付き合ってそう言ってやったら、自ら私の指を自分の内側に擦り付けて、熱い吐息を漏らした。

「ここ? ここが好きなんだ。えらいね、自分で気持ちいいところを教えてくれるんだ」

 押しのけるでも縋り付くでもなく、ただ所在なさげに私の肩に触れていた彼の手を取り、汗ばんだ手のひらに舌を這わせた。いつも手袋をしているからだろう、暴力の商売道具のはずなのに、つるりとして傷一つない。ここだけは本当に御令嬢のようだと笑ってしまった。
教えてもらった場所を指の腹で押しつぶしながらぐるりと回してやると、うあっ…とハスキーな声で鳴いて、ゆらゆらと腰をくねらせる。
これで終わり、これで終わりだと何度も、さっきから自分に言い聞かせていたのに、憎らしい相棒の乱れる姿を見下ろしていると、痛いくらいに硬くなって、欲望を放出したくて堪らない。
この柔らかくて温かい場所に突っ込んで動かしたら、どんなに気持ちがいいだろう。
動物のように息が上がり、口の中いっぱいに唾液が溢れてくる。もう無理だ。犯してしまいたい、この男を。
ゆっくりと指を引き抜くと、名残惜しそうに息を吐いて、中也は両脚を広げた。その片脚を肩に担いで距離を詰め、熱と熱とを密着させる。ベルトを外して窮屈な下着から自身の性器を解放し、どろどろに溶けた蕾の中に押し込んだ。

「……ッぐ、うう…っ」

 可愛くない声に、どうしようもなく興奮した。中也は唇を噛み締めて仰け反り、私の腕に爪を立てる。

「…ね、もっと緩めて…きつい…」
「むり…! ……です…」
「はは、お遊戯頑張るねぇ…お尻にこんなもの入れられちゃってるのに。それとも、それだけ余裕があるってことなのかな」

 私の方は、そんなに余裕がないみたい。
初めてじゃないくせに初めてのふりして、身体までその役に入りきった締め付けで私の肉棒に吸い付いてくる。
ぷくんと膨らんだ胸の尖りに爪を立てると、それはいやだと頭を振った。
可愛いねぇ、上手、上手。
弄られた経験のあるのは明らかで、機嫌はますます悪くなっていく。だというのに腰を進めれば進めるほどに気持ち良くて、自然と口角が上がってしまう。
誰が君を、こんな風に躾けたの。
私の留守の間に、泥棒もいいところだ。色事よりも喧嘩の好きだった中也から誘ったとは思えない。誰だろう、見つけ出して、

「殺してやりたいなぁ」

 思わず途中から口に出していた。中也のナカがびっくりしてぎゅっと私を締め付けたので、あぁ、とつい素直に感じ入りながら、違う違う、君のことじゃないよ、と訂正してやる。安売りした君も、死ねばいいとは思っているけど。
少し逃げるような動きを見せ始めた腰を乱暴に掴んで、ぐぷぷ…と更に奥深くへと侵入する。雁首まで飲み込んでもう隙間無く栓をされていたその穴に、生々しく血管の浮き出た茎が押し込まれていくのを、他人事のように鑑賞する。

「あ、あっ! や……もう、入んな…」
「はいんない? …ふふ、かぁわいい。そんなこと言うんだ」

 入んなくっても、入れちゃうのにね。
そう一応予告だけはして、窮屈な奥の粘膜へ根元までずっぽり埋め込んだ。彼がまるで焼けた鉄を押し当てられたかのように高い悲鳴を上げたので、それに煽られて腰が勝手に動いてしまう。
ずるずると抜いてやる素振りをすれば、ほっと息を吐いて脱力し、また奥まで咥えさせると、目をぎゅうっと瞑って身体をこわばらせた。互いの肌と肌とがぶつかる音が溢れ出す体液を含んで湿り出し、それが身体の内側から逆流したみたいに、中也の青い瞳からぱたぱたと零れ落ちた。

「泣かないで…そんな顔されたらイッちゃいそう」
「………」

 中也はじとりと私を睨み、少し悩んで、口の形だけで「へんたい」と罵った。乙女はそんなこと言わないだろうしどうしよう、と思ったのだろうか。

「あのさ…私は最初から中也としているつもりだし、もうその演技やめてよ」

 頬を紅潮させながら、彼はその顔でべっと舌を突き出す。へぇ、そう、そういう態度するんだ。
だったらいいよ。君を怒らせるのは私、得意だもの。
いよいよぱんぱんに膨らんだ幹を彼の内壁で扱いて、私の下で彼の呼吸が下手くそになるのも構わずに腰を打ち付ける。ぶるりと背筋を震わせると、今さら慌てたように中也がばしばしと私の胸を叩いた。

「ま、て…まって、だざいさ…っ!」

 言うことを聞かない口を、乱暴に手で塞いで覆い被さる。歯で指の肉を噛まれたが、そんなもの気持ちがいいだけだ。ひときわずんと重くなった下肢をぐりぐりと押し付けて、一番狭いところで精を放った。

「あっ…うそだ、ろ、アッ! てめ…」
「あー……きもちい……」
「だざい…! やだ…!」
「あは…やっと普通に呼んだねぇ…もう中に出しちゃったけど…」

 もうちょっと我慢してね、と言って、両腕で彼の頭を抱き、よしよしと髪を撫でながら、最後の一滴まで搾り取ってもらう。

「う、はぁ……」

 びくびくと自身の性器からも白濁を垂らしながら中也は痙攣し、腹の中にそれを受け入れていた。

「いやだなんて言って…中出しされてイッちゃっうんだ、ちゅうや。やらしい…」

 ここが私の出したもので満たされているのを想像すると、すぐにでもまた勃ち上がりそうになったが、さすがにそろそろぶん殴られるかな、と思い、そっと身体を離した。とぷとぷ…とシーツの上に精液が溢れ出して、それを名残惜しい気持ちで見つめる。

「見てんじゃ、ねぇよ…くそ、やろ…」
「大変なことになっているねぇ」

 お風呂で掻き出してあげようか? と言って、汗ばんだ前髪を掻き上げていた彼の手を取り指に口付けようとしたが、中也はぱしんとその手を払い、サイドボードに置いていた煙草を取って口に咥えた。サービスタイムは終了したらしい。

「誰の所為だよ、手前…処女を相手にゴム無し中出しは無えわ、まじ無えわ…振られるわけだ。死ね」
「うーん、耳に馴染んだ口の悪さがまるで実家のような安心感だ」
「嘘付け放蕩者。手前が里帰りしてんのなんて見たことねぇよ」
「言葉の綾さ。…それにしても、 少し会わない間に、随分と…芸達者に、なったものだね」

 本当に聞きたいのはそこではなかったのだが、いつ経験したのか誰とどこでどうして? なんて馬鹿な質問はどうしても出来なかった。だって私たちはそんな関係ではないから、自分たちが誰と付き合っていたかなんて、互いに報告し合うことはないからだ。

「……そうか?」
「そうだよ。がちがちに緊張して、キスだけで真っ赤になっちゃって。本当に初めてみたいだったね」

 ナカもきつきつだったし、と付け加えた言葉に、重力を乗せたライターが飛んできたのをすんでで躱した。

「そりゃあそうだろうな、実際初めてだったんだから」

 彼はそう答えてベッドから立ち上がり、火の点いた煙草を咥えたまま、すたすたとバスルームへ歩いて行った。

 そっかぁ、なるほどね。

「…………中也、え? ちょっと待って!?」

 うるせえ入ってくんじゃねえ! と叫んで投げられた石鹸は、うまく避けることができなかった。