織姫と彦星
悪いことというのはどうしてこう続くものか。
「よぉ、太宰…昨日ぶりだな。今まで、一日もどこにいやがった…」
「あのね中也…どうして今日もこの部屋にいるの。会えちゃったじゃないか。ほんと、顔も身長も考えることも変わらないね…」
足が勝手に会いに来てしまった私と、私が来ると思って待っていた中也は、お互いの顔を「おまえがどうにかしろよ」という思いを込めてじりじり睨みつけながら、一日ぶりの再会に居ても立っても居られず互いの着衣を脱がせ散らかしながら抱き合って、ベッドに縺れ込んだ。
社長の福沢がたちの悪い夏風邪にかかり、彼の異能力『人上人不造』が誤作動を起こしたことが始まりである。武装探偵社の社員を対象としてその異能の出力を暴走しないよう調整するのが通常の効果なのだが、その塩梅が不安定になって、何回かに一回は発動できなくなるほど力が弱まるというランダム異能力者になってしまった。異能がなくても格闘術で渡り合えると国木田は予定通り業務に励んでいるが、敦と鏡花は暴走の危険があるため荒事になる任務からは外された。与謝野も異能力の使用禁止(瀕死にさせてから異能力が発動しなくて治せないでは済まない)。谷崎と賢治はさして気にしてる風でもない。乱歩は「僕もアレがアレで推理ができないみたいだ。いやぁ今日は全然犯人が分からない!」と時々言い出す。そして私は、地味~に、時々、異能を無効化できなくなっていた。
まあ社長の夏風邪が治るまでの辛抱だろうと全員のんびり構えていたのだが、そんなときに限って別件で森さんから一つ借りにしていたものを返してほしいと、中也と協力して面倒な異能力者を一人捕らえてきてほしいと言われてしまった。これが二つ目の悪いこと。
そいつの異能力『織姫と彦星』は、一枚の短冊に名前を書かれた二人の人間の間に流れる時間の感覚を操作すること。平たく言えば、毎日二四時間常に「もう一年も会ってない」気にさせられてしまうという能力だった。
「君はちょっと油断しすぎじゃない? こないだの何だっけ、浮気したくなる異能にもまんまと引っかかってたし!」
「『執着していた対象を代替可能な存在だと錯覚させる能力』だ、ざっくりまとめんな。つうか手前も手前だろ、何のために首領が裏切り者の手前と俺を組ませたと思ってんだ、無効化できねぇなら最初に言っとけ、この役立たず!」
「あのね、敵対組織にそんな弱み晒すわけないでしょ。中也こそ律儀にそんなに盛り上がって馬鹿じゃないの? 昨日も! 一昨日も! 散々ヤッたのにちょっとキスしたくらいでそんな蕩けた顔しないでくれる? つられてこっちまで勃つじゃないか!」
「ハッ! 俺のせいにしてんじゃねぇよ底無し絶倫ヤロー。あの異能にハマッちまってんのはそっちだろ。待ちきれねぇって顔しやがって」
俺の中はまだ手前のかたちに穴が開いたみてぇだってのに、身体がもたねぇよ、と、これで本気で私という男を責めているつもりなら寧ろ才能だなと呆れ返りながら、あざとく下っ腹をさする彼の手に手を重ねて、自分の手の方がしっとり汗ばんでいることに舌打ちをする。中也はちょっと笑った。
「……そんな風に私の前で笑うの、ひさしぶりだね」
「そうかぁ? 昨日は誰かさんに叫ばされてばかりだったからな」
そんなにがっつくなよ、もう待てねぇ、と中也は一年ぶりでたった一日ぶりのあべこべな欲を晒す。
「……あの異能力者、早く君のところで処刑してよ」
「それは首領の決めることだ。手前の異能が戻ったらこっそり案内してやるよ。俺のためにもな」
昨日も一昨日もしていたことを飽きもせずまたしているだけなのに、ああこれだ、待ってた、と思ってしまう。一年抱いてない身体。自分のものだと思い出すような、思い出させたいような、そんな貪り方をしてしまう。自分だけがこんな恥を抱えていたら、きっと殺してしまうと私は思った。中也も一緒にかかってくれて良かったと。
「何をそんなに焦ってる、らしくねぇな。心配しなくても、あと数日もすりゃ元の関係に戻る。……だろ」
彼の声がすこし寂しそうに聞こえたから、私も包み隠さずそのまま「このままじゃ手間を省いて同棲しそう」と口に出してしまい、彼はいやらしいことをされている格好のまま、まるで似つかわしくない大爆笑をした。
「そうなったら、手前が風呂や便所から出て来るたびに盛り上がっちまう」
想像したらまんざらでもなくてその事実に寒気がする。明日にもこの繰り返される七夕を終わらせよう。私はそう決めて再会の続きを始めた。