君のアンダーの色が知りたい

2021年7月6日

「えっ…なにが起こってるの……?」

今日は見下ろされてばかりだな。自分の腰の上に跨ってクロスタイを外している中也を見上げてそう思った。

どのへんでこの浅はかな悪戯のネタばらしをしてくるかなって、先日表通りで偶然出会ったときのように、途中まで中也の作戦にはまったふりをして後からひっくり返してやろうって、そう思っていたのだ。だから、中也がホテルを選び、部屋を選び、ベッドに座り、私の上に馬乗りになってくるのをただ大人しく傍観してしまっていた。

「あ、あの~~……中也さぁん……」
「何だよ」
「なんで、その…私の上に、乗ってるの……?」

どういう風の吹き回しか知らないが、私に頼まれただけで素直に脱いで見せてくれるというなら、なにもこんなポジションでなくても良いはずだ。そう、なんならさっとズボンを脱いでちらっと見せてくれれば私の用事は事足りるわけで。

「なんでって……手前がさっきから、ぼけっと俺を見てるだけで何もしてこねぇからだろうが……」
「えっ……あぁ、んん??」

中也はちょっと拗ねたような表情になって、「手前の方が慣れてっくせに……」と呟いた。
私の方が慣れてるとは。検索。
検索結果がありません。いや嘘、この状況だもん分かる。

「ちゅ…ちゅうや、あの、ひょっとして…私と、えっちなこと、しようとしてる……?」

なーんちゃって、ははは……と笑い話にするはずが、中也は私の言葉にかっと顔を赤く染めて、俯いてしまった。
マジ……? えっ、なんで? なんでそんなことになってるの? 私が裸を見せてほしいって言ったから? 裸を見せるイコールセックスなの? 平安時代から来た?

「……手前は、とっくに知ってんだろうけど」

中也は顔を上げないままで話し始めた。

「俺は、羊に…白瀬に刺されたあのときから、他人に触られるのが駄目になった。緊張で息が苦しくなる。耐えられないほどじゃないから仕事中は隠せているが、自分からわざわざ接触したいとは思わない。だから……」

初耳だった。どうして私にはばれていると思っているのだろう。考えたこともない。だって、昔から私の前ではそんな素振りを見せたこと一度もなかった。

「だから、俺がそういう…不埒なことをするんなら、相手が手前でない限り、無理なんだろうなって、思ってた……」

私の前では、殴る蹴るはたく小突く引っ張るつまむ、私の手に触れられたことなんて、それこそ何度もあったのに?

「ねぇ……それって、つまり中也は、」

セックスをしたことがない。興味はあっても、他人と触れ合うことができないから、諦めていた。けれど唯一の可能性として、触れられても平気な人物――私となら、そういうことができると、具体的に想像したこともあると。
いつも私の顔を見れば両目を吊り上げて飛び掛かってくるだけだった中也の頭の中で、私たちは裸になり、体液を交換し、ぐちゃぐちゃになっていたのか。

なんだそれ。全然、知らなかった。

「私と……セックスしたいって思ってたの? ずっと…?」
「……ああ。そうだよ」

今になって急に俺を付け回したり、やたら必死に脱がせようとしてきやがるから、またお得意の思い付きで、そういう嫌がらせを企んでるのかと思ったんだ。どうせすぐに飽きてやめるだろうから、だったら一度だけでもと――。

「でも、手前の反応を見てると、どうも違ったみてぇだな。よく考えたら、組織にいたころから浮いた話に事欠かなかった手前でも、男の情夫がいるって噂は聞いたことがねぇし、男は対象外なんだろ。悪かったな、忘れてくれ」

自分がとんでもない勘違いをしていた上に聞かれてもない秘密まで暴露してしまったと察した中也は、穴があったら入りたいという様子で耳まで赤く染めながら、自ら脱ぎかけていた白いシャツの釦を震える指で留め直し始めた。

「あっ……」

咄嗟に、上体を起こしてその指を掴んでいた。中也はびくりと肩を震わせたが、私の手を振りほどくことはしなかった。

「え、ええと……」

何をしているんだ私は。でも、ここでこのまま中也を帰したら、二度と「裸を見せてください」なんて言えない雰囲気である。バーで会えば席を立たれ、部屋に忍び込めば本気で蹴り飛ばされ、ジムの更衣室では今度こそあの警備システムで蜂の巣にされてしまうだろう。
私が中也の秘密を知る機会は、二度と巡ってこなくなる。

「たしかに…君が思っていたようなことをしたくて、この数日、君を追いかけていたわけではないけれど……でも、言ったでしょう、私は中也の裸が見たい。君が私の望みを叶えてくれるなら、私も君の望みを叶えてあげる」

――これは取引だよ、中也。私たちが昔からよくしてきたことだ。知っていると思うけど、私はこういう風に持ちかける取引において、嘘や騙しはしない。

「……取引か。そりゃあ、いいな」

そういうことなら、好きなだけ見てってくれ。
中也がベッドに倒れ込みながら、指先で私の首元のループタイを道連れにしたので、まるで日焼けしていないその白い胸元に顔をうずめる格好になった。
さっきまでラーメン屋にいたくせに、生意気にもコロンのいい匂いがする。

「……一応確認だけど、私、ボトムは無理だよ。痛いの嫌だし、そもそも男相手の経験がないし」
「敵組織の野郎によくえげつない拷問してたじゃねぇか」
「あれは痛みに強いタイプの奴を快楽漬けにして吐かせてただけ! 薬とアダルトグッズで済ませてたから、私自身は指一本入れてないよ。ていうか、そういうときに限って中也、見学に来てなかった? あれってまさか」
「ああ、うん……手前はどういうセックスをするのかって、気になって見に行ってたな……」
「ああいうことはしてません!」

ていうか、あれを見ていたのに、よく私をそういう相手に選ぼうと思えたな。相棒の性癖が心配になってきた。

「あと、さっきの確認の件は、心配ねぇよ」
「中也が受け入れる側でいいってこと?」
「うん。というか…俺は、手前とそういうことをする想像をするとき、入れられる方でしか、考えたことなかった…」
「っ……そ、うなんだ」
「変か?」
「どうだろ…わかんない。とりあえず…ちょっと黙って」

不覚にも下半身が反応してしまった。改めて考えてみたら、中也が出会って間もないころからずっと私に抱かれる妄想をしていたという事実、だいぶやばい。
いつ? あの時も、あの時も? オラきりきり働けと私をどやしながら、私が書類を繰る指を見つめて、そんな妄想で頭をいっぱいにしていたの?

「……っん、…あ…」

柔らかさは微塵もない筋トレ馬鹿の胸板なのに、白くて、いい匂いがして、吸い寄せられてしまう。脳がこの状況を性行為と認識して、私の身体を動かしている。

「胸でも気持ちよくなれるの?」
「うぅ…あ、んっ…なれる……」
「なれるんだぁ……」

そこだけ色の違う乳首を唇で食んで、舌先でなぞったら、面白いように身体を跳ねさせた。与えられる刺激から逃げるように背中を丸め、横を向いて息を乱している。

キスしたくなったけれど、していいのか分からなかった。

中也は人に触られるのがこわい童貞野郎で、なぜか大丈夫な私をオカズにオナッていたと、身も蓋もない言い方をすればそういうことなので、セックスしたいが先に来て、私に対して特別な感情を抱いているとかそういう話は一度も出てきていないのである。セックスをしてみたくて、それができるのが私しかいないと、そういう話なのだ、これは。

「失礼じゃない? 逃げないで…こっちを見てよ」
「むりだ…手前みたいに、慣れてるわけじゃねぇんだよ。ていうかこういうときって、っあ、電気とか、ひんっ…消すもんなんじゃ、ねぇ…っの…」
「ね、ほら…乳首すっごく固くなってきた。自分で開発しすぎじゃない? 中也。こんなに腫れて…こうすると痛い?」
「あっんん! 痛っ…抓るなァ…う、あうっ…」
「ヨさそうじゃない。痛いのも好き?」

それならこっちも弄ってあげる。性急にズボンを脱がせるのを中也のせいにして、明かりの下で彼のボクサーパンツの端に指を入れる。

さぁ、どっちだ。赤か。黒か。はたまた別の色なのか。
どきどきしながら、下着を彼の膝上までずり下ろしたら、そこには思ってもいなかった光景が広がっていた。

「……え。な、え? 中也、君、下の毛……」

パイパン、と言いかけた頬をびたんと右手で叩かれてしまった。つま先で器用に布団をつまみ上げ、露わにされた秘部を隠し、「言い方ってもんがあるだろ」と文句を言った。

「言い方とかどうでもよくない? ええ…いつもこうなの? 生えてきたら何色なの? それとも元から?」
「なんでそんなに食いつくんだよ……これは、だから、今日はそのつもりで手前に会いに来たから、……事前に、自分でじゅんび…してきたんだよ」

準備って、となおも質問しようとした私の頬を、さっきとは違いそっと一度撫でて、もういいだろ、と遮ると、中也はベッドサイドにいくつも並んだスイッチへと手を伸ばして、ルームライトと書かれた一つをぱちんと弾いた。
暗闇の中で、中也の手が、私の手に絡まる。
もう指なら入るから。そう耳元で囁かれた声が脳に流れ込んで、生唾をのんだ。おそるおそる、示されたそこへと手を這わせると、湿って、やわらかい入口を見つけた。

私、なにをしているんだろう。

もう、今さっき、中也の秘密を目にしたじゃないか。私の目的はもう遂げられた。犬との約束を律儀に守る必要なんてない、ないはずなのに。

男の肛門に触りたくなんてないし、ましてや自分の粘膜を挿入するなんて、そんなこと一度もしたいと思わなかった。拷問で触れるときは必ず道具を使っていた。
それなのに、私の指は中也の穴の中へ誘われるままに吸い込まれ、たぶんローションで馴らしてきたのだろう、濡れた内壁で第二関節から根本までぐじゅぐじゅとしゃぶられる。
中也は、は、あ、あ、と感じ入った吐息を洩らしながら太腿を痙攣させていた。脛毛も生えてないってどうなってんの、とそのつるつるした皮膚を撫でてやると、甘えるように脚を広げて、膝頭を私の腰に擦り寄せた。
ああ、なんだその仕草。この犬、そんなに私とセックスがしたいの。それとも、できるなら誰でもよかった?
苛立ちに近いおかしな感情が身体中を駆け巡っていた。私の指はもう三本そこに入っていて、ぷくりと膨らんだ縁に吸い付かれると、むしゃくしゃして奥を乱暴してしまう。中也の嬌声が悲鳴に似た色を帯びると、もうだめだった。

「もう……やっぱり処女でいたいとか、なしだからね」

痛いくらいに勃起した自分のペニスを窮屈なズボンの中から解放してやると、暗闇に慣れた目に、中也の顔が見えた。臆するどころか、発情した獣のようにぎらぎらとした目で私を見つめている中也の表情に、ますます熱が高まっていく。

「はっ…微塵もねぇよ、そんな感情。手前の童貞を奪えると思うと、最高の気分だ」
「誰が童貞……はぁ、むかつく。こんなにむかつきながらセックスするのは確かに、初めてかもね」

はは、とご機嫌に笑いながら、中也が私の首に腕を巻き付ける。キスの一つもしないまま、視線が至近距離で重なる。熱を乗せた声で私の名前を呼ばれ、私も呼び返していた。
夜に落ちる寸前の夕焼けのような赤い髪、静かで寂しい海の色の瞳、人形のように小さくて端正な顔立ち。初めて彼に出会った時のことを、思い出していた。
そうだ、あの時は、こんなに長い付き合いになるなんて思いもよらなかったから、ただ素直に、綺麗だと思ったんだ。
息を吐いた唇が薄く開いて、白い歯がちらりと見えた。キスしたいな、とまた思って、この行為に好意が伴わないことを思い出し、胸がむかむかしてくる。
先端を入口に押し込むと、あっ、と目を見開き身体を緊張させた。こんな反応を見せておいて、好きの一言もよこさず、セックスがしたいだって。なんて我儘な犬だろう。

「あのさ、中也……これは自慢だけど、私、こういうコトをした後に、お相手から惚れられてしまうことがすっっっごく多いのだよね」

急に何を言い出したんだ、と言いたげな顔が憎たらしい。

「だから、まぁ……覚悟しておいてよね」

浅く呼吸を吐く中也の両膝を割って、私はそのまま中也の身体を深く突き刺す。ひゅっ、と息をのんだまま固くなってしまった身体を宥めるように撫でて、だめだよ、息を吸って、と呼吸を導いてやる。

「あ、はぁ、はっ……入ってる……?」
「入ってるよ。おめでとう、初セックス」
「え、ああ……」
「何その反応。ずっとしたかったんでしょ」
「……そうだな。嘘みたいだ」

うれしい。とあどけない笑顔で言葉にした。それを目にした瞬間、頭の中でジジッと理性が焼ける音がした。こいつをめちゃくちゃにしよう、脳からそう指令が出される。
ぐっと身体を沈めて、ペニスを全部中也の身体に埋め込む。中也はまた息を止めて、ぎゅっと瞼を閉じた。ぽん、ぽん、と背中を軽く叩くと、へたくそな呼吸を再開する。
童貞処女のくせに準備をしてきたと言う中也の後孔は、入れただけで腰から下を溶かすほど熱くうねっている。じっと待っていられなくて、腰を引いて抜き差しすると、「ひっ」と高く鳴いて、私のシャツの袖にしがみついてきた。
可愛いな、と一瞬思ったのを取り消すように、掴まれた袖を振りほどいて床にシャツを脱ぎ捨てる。みっともない顔で喘いでいる中也を両腕に抱き締め、身体を密着させると、きゅうきゅうとナカが締まって、熱い襞が性器に絡みつく。頭がおかしくなりそうだった。

「中也……上手だね、セックス」
「う、うう~…嘘、言ってんじゃ…っひあ、あ、あっ!」
「ふ、はは、やっば……」

自分の性器を突っ込まれて悲鳴をあげる中也の姿は、これまで経験したどんな性行為よりも激しく情欲を煽った。
どこに触れても、しっとりと滑らかな身体。涙ぐんだ目元を拭ってやると、瞼まで赤く色づいている。腰が動くのが止まらない。中也の反応の全てが、たまらなかった。

「も、もう、いや…だぁ、動かな…く、っん」
「初めてでそんなに感じられるの、すごいね? 自分で沢山弄ってきたんでしょ。……知らなかったな。どうして教えてくれなかったの、こんな面白いこと」

そうやって、面白がられたくなかったからだよ! とやけくそ気味に叫んで、中也はひときわ大きく跳ね、私の身体にきつくしがみついた。彼が射精したことが、互いの腹がじわりと濡れたので分かる。

「は、はぁっ、はぁっ、う、抜い…一度、抜け…」

内壁がぎゅうと締まって、こちらまで搾り取られそうになったが、抜けと言われると天邪鬼な気持ちが湧き起こる。出しそうになったのをぐっと堪え、中也の呼吸が整うことを待たずに腰を掴んで浮かせ、ずぶっと奥まで挿入した。

「…っ! っ、~~~~んっ、や、まっ、って!」
「待たないよ。待つことなんて、なんにもない」

感じるだけ感じて、イキたいだけイッちゃいなよ。
そうやって、もう後戻りできなくなってしまえばいいのだ。念願のセックスができたからこれで満足ですなんてされては困る。こんな気持ちのいいことを知ってしまっては、元の関係になんて戻れないはずだ。だって、私がそうだもの。

涙とよだれでべちょべちょの顔を見てちょっと笑った。笑われてむっとした表情になって睨んできたその細い顎をとらえて、気づかれないうちに口付けた。
てっきりそういうのはやめろとか言って怒るかと思ったら、中也は何をされたのか分からないといった感じで、うまく言葉を紡げずに私の顔を見つめる。

「どうしたの? こういうのは妄想したことなかった?」

もう一度、今度はさっきよりも深く唇を重ねた。下唇を軽く噛んで開かせて、歯と歯の隙間に舌を潜り込ませる。肩がびっくんと震えた。面白いなぁ、童貞。

「んむっ…だざ…う、はぁ、んん……」

口の奥へ逃げようとしていた舌をつかまえて、互いに絡ませ合い、中也の抵抗が弱まってきたところで下の律動も再開すると、ぼろっと大粒の涙を落としながらひくひく震えた。
キスをしながらハメていると、性感帯を刺激されるのか、中也のナカはますますいやらしくうねり、内壁の収縮で亀頭をぬるぬる扱いてくる。とんでもなくエロい身体だ。一緒にあれだけの時間を過ごして、なんで一度も変な気を起こさなかったんだろう。不思議でしかたない。
暇つぶしにセックスしていた当時の自分が中也を抱いてしまっていたら、事あるごとに盛って、きっと自分では制御できないくらいに執着をして、なんならどこかに監禁していたかもしれない。

(いや、たぶん違うな)

(執着していたのは、最初から、そして今もだ)

「ぷはっ……あ、あっ…太宰…また、いきそ……」
「いいよ。またさっきみたいに締めてよ。奥いっぱい突いてイカせてあげる」

そんなのわかんねぇよ、と色気のない悪態をついた身体をめちゃくちゃに揺すぶった。耳元で何度も切なく名前を呼ばれながら、合意のはずなのに犯しているような気分で中也の中に精液を放った。出した瞬間に、きもちいい、とうわ言のように言われ、自分でも引くほど彼の中に吐き出した。