太宰がいわゆる美少年という類の顔面を所持していたことは、癪だが客観的視点で理解をしていた。
美形の子役は成長するとちょっと崩れるなんて世間の雑談を聞いて、じゃああいつの行く先は真っ暗だな、いい気味だと思っていたのに、十八になっても奴の顔は美しいまま、四年の不在の間に落としてきたのは幼さくらいで、益々たちがわるくなっていた。
「君の伸びしろってほんとさ、どうなっちゃってるの」
やっと唇から唇を離してくれたかと思えば、太宰の言うことはそれで。任務終わりに路地裏で一服つけていたところに現れ、勝手に喋り、勝手に近づき、俺を固いコンクリートの壁に追いつめて、唇を奪い、野良猫を触るような手つきで首筋を撫でる。
「……悪かったな。手前にそんな獰猛な目をさせる俺になっちまって?」
「うざ。中也はちっちゃな可愛い系に成長するものと思ってたのに、こんなえっちになるなんて聞いてない。わざとらしく人気の無い所で待ったりして……ばかじゃないの?」
不機嫌な顔も嫌いじゃない。
手を引かれ今夜もどこかへ連れて行かれる。
ああ俺たちはそれなりにいい男に成長できたのに、行き着く先がここなんてさ。
ばかなやつだよ
会社の気になるえらいひと
就活のつなぎで応募した派遣の仕事は、森コーポレーションの受付嬢。毎日冷房の効いたロビーに座ってにこにこ笑っていればいいだけの仕事と思っていたら、複雑なルールが沢山あって、先輩も怖いし、はやく正社員でどこかに受かって辞めたいって思ってた。
(……あ、今日も会えた)
エントランスに現れた赤い髪の男のひと。
ボルヴィックの飲み残しを、側にいる彼より明らかに年配のひとに無言で持たせて、私たち受付には目もくれず、すたすたとゲートへ一直線に歩いて行く。
私は黒く染めてるのに、あんな赤い髪で、私と身長も同じくらいなくせして、所属も名前も分からないけど絶対えらいひと。
彼が受付の前を通り過ぎるとき、ガン見していた私の頭を先輩が乱暴にわし掴んで下げさせた。
ふっ、と笑った声が聞こえた。
ああ彼が笑ったのかしら、こっちを見てくれた?
気になって先輩の手を振りほどき頭を上げたとき、ばんばんばん! と運動会か刑事ドラマでしか聞いたことのない破裂音がして、いつの間にか私の顔の前に彼の黒い手袋があった。
その手から零れ落ちた三発の弾丸。
「……悪いな」
翌日、私の契約は打ち切られた。
珊瑚の髪のセイレーン
中島にとって、その日は欧州国境警備隊に配属されて初の船出であった。
「お、お、お、お疲れ様です、隊長!」
海上の監視は僕たちがやりますから、隊長は船内で休んでいてください。今日は暑いですから! と言ってパラソルを差し出し、デッキの柵に寄りかかって真鍮の望遠鏡を覗き込んでいた隊長にじりじり照り付けていた日光を遮る。背後で彼の先輩隊員らが「あちゃ~~」という顔で見守っていた。
「ん……? ああ、確か君は密入国リストからのスカウト…異能力者の中島君か」
左肩の白いぺリースを潮風になびかせながら、目前の男はその辺にあった手頃なサイズの木箱によっころしょと腰を下ろし、制帽をくいと上げて中島を見た。
織姫と彦星
悪いことというのはどうしてこう続くものか。
「よぉ、太宰…昨日ぶりだな。今まで、一日もどこにいやがった…」
「あのね中也…どうして今日もこの部屋にいるの。会えちゃったじゃないか。ほんと、顔も身長も考えることも変わらないね…」
足が勝手に会いに来てしまった私と、私が来ると思って待っていた中也は、お互いの顔を「おまえがどうにかしろよ」という思いを込めてじりじり睨みつけながら、一日ぶりの再会に居ても立っても居られず互いの着衣を脱がせ散らかしながら抱き合って、ベッドに縺れ込んだ。
プール
わざわざ探しに来てやったわけじゃない。
ただ校舎の窓から彼の姿が見えたから、彼が一人で延々と水の底を覗いていたから、うんざりしながら冷やかしに来てやったのだ。
「何してるのさ、こんな所で」
「太宰、丁度良かった」
これ何だ? と彼は自分の足元の凍った水面を革靴の踵で叩いた。
「プール」
プール。私の言った言葉を繰り返し、へぇこれが、と珍しそうに氷の奥を覗き込みながら、彼は氷上にしゃがみ込んだ。
ゼロ感のお隣さん
ほぅら、やっぱり悪霊なんて出ないじゃないか。
向かいのマンション工事の騒音で目が覚め、手元に置いておいたリモコンでリビングの明かりを点けると、私は寝袋からごそごそと這い出した。時刻は十時。よく眠れた。
キッチンに残されたままの元住人のやかんでお湯を沸かし、昨夜コンビニで買ったドリップパックのコーヒーを淹れて、ああ紙カップの付いているやつにしておくんだったと思いながら、食器棚からブルーのマグカップも拝借した。一応軽く洗ってみる。
ねまき
そろそろ日付が変わろうとしている。
「ねぇ中也、さっき隣にいたカップルの話聞いてた?」
「…さぁ。生憎、盗み聞きの趣味は無ぇな」
バーの壁に掛けられた古時計の針がてっぺんに近付くのを眺めながら、あのうるせぇ鳩が鳴き出す前に帰ろう、と中也は考えていた。
魔法の世界
こんなとこでも本の虫か、太宰。
罰当たりなとこに座ってんじゃねぇよ、と溜息を吐いて、中也は太宰を見上げた。
毎朝決められた時刻に全ての生徒が集められ、教師の長い説教を聞かされる場所である礼拝堂だが、夜もふけた今は、その説教をする教師が立つ教卓に腰掛け分厚い本のページを捲っている太宰と、とうに寮の門限を過ぎてから現れた中也の二人きりである。
時にはヴァージンのように
君、まだその首輪をしてくれているのだね。
カウンターに頬杖をついて背中をだらしなく丸め、いかにも酔いつぶれている風に装った声音で絡んでみると、間に一つ席を空けて隣に座っていた男がうざったそうに片手でしっしと追い払う仕草をした。
眠りの森の獣
眠り姫はもう目を覚ましたかしら。
其処此処に脱ぎ捨てられていた中也の外套、手袋、帽子を拾い、Qが監禁されていた小屋に戻ってみると、果たして姫様はいまだ夢の中であった。